H3ロケットとだいち3号打ち上げ直前予習会に参加した
Mar 12, 2023 23:30 · 3902 words · 8 minute read
2023年3月7日(火)、だいち3号を載せたH3ロケットの打ち上げが失敗に終わりました。
H3ロケット試験機1号機/先進光学衛星「だいち3号」(ALOS-3)打上げライブ中継 - YouTube
打ち上げ前に参加した「H3ロケット/だいち3号打ち上げ直前予習会」が非常に面白い内容でした。 打ち上げが失敗した後ではあるのですが、将来見返す用にイベントのメモをブログに残しておこうと思います。
目次
H3ロケット
H3ロケットの概要
- 2001年から使われているH-2Aロケットの後継機
- 柔軟性・高信頼性・低価格がコンセプト
- 複数の機体形態による柔軟性
- 製造工程や射場作業の簡素化による定時打ち上げの高信頼性
- 打ち上げの機会増加による低価格、コストダウン
- 形態によって異なるが、全長は約50-60m
ロケット技術を国産化する意義
- ロケット技術は政治・軍事と密接に関わるため、他国からの技術提供が難しい
- 各国の技術進歩によりH-2Aのコスト面で国際競争力が低下してきた
- H-2Aの1回の打ち上げコストは85-100億円
- H-2A用の射場や施設が老朽化しており、設備更新も必要だった
- 新型ロケット開発を通して、次の世代のロケット開発人材を育てる
LE-9エンジン
- H3ロケットの第1段エンジンはLE-9エンジン
- H3では、形態によって2機または3機搭載する
- エキスパンダーブリードサイクル
- H-2AロケットのLE-7Aエンジンは2段燃焼サイクル
エキスパンダーブリードサイクル
- 液体水素などの極低温の物体が燃焼室壁面に触れることで、爆発的に気化膨張する力を使ってタービンを回す
- 膨張=エキスパンダー
- タービンを駆動したガスを燃焼室に送るのではなく、外部に廃棄するのがエキスパンダーブリード方式
- 燃焼に使う燃料は減ってしまうが、タービンの下流と上流の圧力差を大きくできるので、効率良く運転できる
- エキスパンダーブリード方式は日本独自の技術
- 解説箇所の動画リンク
2段燃焼サイクル
- H-2、H2AのLE-7、LE-7Aはこの方式だった
- メイン燃焼室の手前にPre Burnerという小型の燃焼室を置き、ここで燃料を燃焼させて高圧ガスを作りタービンを回転させる
エキスパンダーブリードと2段燃焼の比較
- エキスパンダーブリードは高圧部分が少なく、構造がシンプル。その反面大出力化に向かない
- 2段燃焼は大出力化が簡単だが、高圧部分が多く構造が複雑
- エキスパンダーサイクルのエンジンは大出力化が難しいので、宇宙空間で使う上段のエンジンに使っていた
- H-2ロケット8号機の事故でエキスパンダーブリードの安全性と信頼性が注目された
- 解説箇所の動画リンク
LE-5B-3エンジン
- H3ロケットの第2段エンジン。2023年3月7日の打ち上げ失敗で点火しなかったのはここ
- LE-9エンジンと同じくエキスパンダーブリード
SRB-3
- H3の固体燃料ブースター。打ち上げ初期にロケットの推力を補助する。
- 日本のロケットでは固体燃料(Solid Rocket Booster)を使っている
- 設計はIHIエアロスペース
フェアリング
- ロケット先端のカバー
- 人工衛星を風圧や風力加熱から守る
- H-2Aまでは円筒と円錐をくっつけた形だったが、積層技術が進化して今回からは滑らかな曲線になった(オジーブ型)
- CFRP(Carbon Fiber Reinforced Plastics、炭素繊維複合材料)を採用したことで、オジーブ型が作りやすくなった
- 円錐と円筒による従来型よりも、オジーブ型のほうが風圧などの影響が少ない
- 解説箇所の動画リンク
H3ロケットとイプシロンロケット(固体燃料ロケット)
- できるだけパーツを共通化して開発の効率化を目指す
- JAXA | イプシロンロケット
H3ロケット開発の歴史
- 共振制御や塑性変形による燃焼室開口など様々な苦労を乗り越えた話
- 解説箇所の動画リンク
だいち3号(ALOS-3)
日本の地球観測衛星の歴史
- もも1号(1987年)→ふよう1号(1992年)→みどり(1996年)→みどり2(2002年)→だいち(2006年)→だいち2号(2014年)
- だいちはアマゾンの違法伐採監視や国土地理院のデータ取得、国内外300件を超える災害対応で活躍した
- 2011年3月11日の東日本大震災では、すでに設計寿命を超えているにもかかわらず被災地観測で活躍した
- 観測データは多くの省庁で活用された
だいち3号
- 従来の地球観測と、防災・災害対策を含む広義の安全保障を目的に開発された
- 重さは約3t
- 寸法は5m x 16m x 3.5m
- 設計寿命は7年以上
- 観測機器は「広域高分解能センサ」「衛星搭載型2波長赤外線センサ」
広域高分解能センサ
- 光学センサ
- 近赤外線~可視領域を観測
- 70kmという広い観測行きと高い分解能(地上のものを見分ける能力)
- 世界的に見ても非常に高性能
- 分解能:これだけは知っておきたいアナログ用語 - EDN Japan (itmedia.co.jp)
- コースタルは水中で減衰しにくいので、沿岸域の観測(水深の測定など)ができる
- レッドエッジは植物の緑から強く反射されるので、植生の調査ができる
- 解説箇所の動画リンク
観測モード
- 平時の観測モード
- ストリップマップ観測モード
- 衛星直下を観測する
- 立体視観測モード
- 同じ地点を衛星軌道上の異なる2点から観測し、高低差情報を得る
- ストリップマップ観測モード
- 災害対策時の観測モード
- 地点観測モード
- だいち 3号は姿勢や角度を変更できるので、目標地点を24時間以内に観測できる
- 広域観測モード
- 方向変更観測モード
- 衛星の進行方向と違う向きに姿勢を制御して、広範囲の沿岸域などを観測する
- 地点観測モード
- 解説箇所の動画リンク
衛星搭載型2波長赤外線センサ
- 防衛省・防衛装備庁が開発
- QDIP(量子ドット型赤外線検知素子)
- 遠赤外線と中間赤外線を同時に観測できる
- QDIPは宇宙での使用実績に乏しい
- 遠赤外線は10-100℃の目標探知に向いている
- 車両や艦艇など、それほど高温でない物体の追跡に適している
- 太陽光の反射による影響が少ない
- 中間赤外線は300-700℃の高温の目標探知に向いている
- ミサイルや戦闘機などの追跡
- 太陽光の反射による影響が大きい
- 国防にも関わるので、このセンサーのデータがどれだけ公開されるのかは不明
- このセンサーは今回は技術実証として、今後の情報収集衛星( Information Gathering Satellite, IGS)にフィードバックされるかも?
衛星間光通信システム(LUCAS)
- だいち3号は高性能な観測能力故に観測データの容量も膨大になる
- 初代だいちでは240Mbps必要だったが、だいち3号では1.3Gbps必要
- 衛星は常に移動しているので、地上の基地局から通信できる時間は限られるという制約もある
- 電波ではなく、レーザー光で衛星間の通信をするのが衛星間光通信システム(LUCAS)
- 2021年に打ち上げた光データ中継衛星に衛星間光通信システム(LUCAS)が搭載されている
- 通信速度は1.8Gbps
- 日本の打ち上げた衛星
- 現状日本の衛星で光通信機器を搭載しているものが無い
- だいち3号がはじめての利用になる?国外の衛星と通信している事例があるかも?IGSが使っている可能性もあるかも?
- 光データ中継衛星を介することで、だいち3号と地上局が通信できない時間帯でも大容量のデータを送受信することができる
- 解説箇所の動画リンク
だいち4号(ALOS-4)
- 計画進行中
- PALSAR-2を高機能化したPALSAR-3を搭載予定
- 分解能を維持したまま観測範囲が約4倍の200kmになる
- 2023年にH3ロケットで打ち上げ予定?
- 2023年3月7日(火)の打ち上げが失敗したので、おそらく年単位で予定が遅れる?
リアクションホイール(姿勢制御装置)
- だいち2号は4機搭載
- リアクションホイールは本来X軸、Y軸、Z軸の最低3機必要
- だいち3号は7機搭載している
だいち3号(ALOS-3)の通信データ制御
- 機体内蔵のストレージは950GBあるので、ある程度のデータは蓄積できる
- 蓄積したデータを何かしら一次処理してから地上に送るのか、直接送信するのかはわからない
- データの送信順を制御するアルゴリズムがあるかも不明
H3ロケット打ち上げの今後
次世代基幹ロケット「H3ロケット」の打ち上げ失敗について解説します - YouTube
- ロケット関連企業を経営しているホリエモンによる解説動画
- H3は液体水素を使っているが、水素系の燃料は重いものを地上から打ち上げるときに推力が足りない
- なのでSRBなどが必要になり、結局コストが高くなる
- 比推力というスピードを出す性能は良い
- Falcon9は炭化水素系のケロシン(灯油の一種)を使っているので重いものを持ち上げるパワーの問題はない
- SRB分のコストアップを補うために、2段燃焼ではなくコストが安くシンプルなエキスパンダーブリードを採用し、必要なパワーを得るために大型化するという決断をしたのではないか
- 今後日本の宇宙開発人材がH3ロケット打ち上げ失敗の原因究明に投入されるかもしれないし、国が国産ロケットの開発についてどのような意思決定をするか、今の時点では読めない
開発責任者「まだ見当つかない」『H3初号機』打ち上げ失敗…第2エンジン着火せず爆破(2023年3月7日) - YouTube
現場の技術者は即座に原因究明を進めていたようです。 今も頑張って原因救命&解決策の検討をしていると思うので、応援したい。
最後に
約2000億円の開発費がかかったH3ロケットと、約300億円かかっているだいち3号の打ち上げは失敗に終わりました。 かなり膨大なお金がかかっていますし、今後の立て直しがどうなるのかもわかりません。 関係者の方々には方々からプレッシャーがかかっていると思いますが、宇宙開発を応援する1人として今後も応援したいと思います。